2016年01月02日

アメブロに一括しました

恐縮ですが、ずっと更新していたブログ会社が急に無くなることになり、こちらの Seesaaブログに変わりました。

こちらでも更新しようと思いましたが、結局使いずらくてダメです。

下記のアメブロでほぼ毎日更新しています。

↓↓↓↓↓
アメブロ











posted by 青山整体GEN流院 at 23:17| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月29日

手法論と中身

いろいろな整体方法や、治療方法があって然るべきだと思うが、概ね選択する方側の皆さんにとっては、それが効くか効かないかで判断したいものだろう。

よって、何をするかという手法論に着目するものだ。

とある方法は、○○を正せば全部が整うという主張をし、またとある方法では、筋肉から骨から全身を正せば整う主張をする。

しかし、物事の根本をみれば、全ては手法論が問題なのではなくて、肝心なのは中身であることに気がつく。

だいたいどんな方法であっても、提供する側がどこまで深く追求して感じられるのかに全てがかかっている。

見た目が整ったのか、動きが整ったのか、全身と調和をしたのか、神経機能が整ったのか、更にそれよりも深い動きが整ったのか。

見える領域しか正せない人でも、おおよそインターネットで写真か何かを載せればいいことになる。

だが、肝心なのはその更に奥の部分。

例えていえば、ひとつの物を1メーター定規で測る人、30センチ定規で測る人、5センチ定規で測る人、1ミリ定規で測る人との違いみたいなものだ。

それぞれで見ている領域も違うだろう。

極論でいえば、1ミリ定規でコンマまで正確に図れる人は、1メーター定規でも確実に測れる。その逆はといえば「中には測れる人もいるかもしれない」程度だろう。

また、それぞれの目線で器用に測れる人もいる。

結局のところ、手法とはそれ程重要ではなく、やる側がどこまで見えているかどうかに尽きる。





posted by 青山整体GEN流院 at 14:13| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月23日

痛いか痛くないか?

一般的に人は「痛くない=良いこと」とし、その逆の「痛いこと=悪いこと」とする傾向にある。

人間社会の習性には、多勢が正しく少数が正しくないというものがある。小魚の大群が泳ぐ原理だ。

痛いことが良いか悪いかは別として、まずその物事を判断するには、常識的な概念をなしにしてから判断する必要がある。

まず、痛いことについて考えてみる。

「痛い」ということは、痛みのある部位に「何か」があって、神経が反応し、それを脊髄に集める。その後、脊髄から上に伝達は上がり、脳に届けられる。

さて、これは悪いことか良いことか?


大体はこれでは判断にならないはずだ。しかし、ここで分かっていただきたいことは、痛みのある部分が痛みを感じているではなく、結局は脳で感じているということだ。


では、「痛くない」ということについて考えてみる。

前記したことと等しく考えれば、神経が反応するようなものがなく、よって脊髄にまで情報も集められない。勿論脊髄から上へ情報を上げられることもなく、脳に届けられることはない。

その通りだ。


が、ここにひとつ違う概念を持ち出してみるとする。

頭皮へブラシでタッピングするのは・・・といっただけで、殆どの人が「抜け毛の対策」を連想するだろう。

あの痛みは良いことか悪いことか?

おそらく「その刺激が頭皮の毛根を活性化させて良い」と答える人が多いのではないか?逆に痛くないほうが良くないと思うはず。


ならばもう一度最初に戻って聞くとしよう。


「痛みは良いことか悪いことか?」と・・


そう、痛みは回復をする活性剤になっているわけだ。

だから、痛みが悪いというのは、時間軸を抜いた表現であって、本来はある程度のスパンで捕らえれば、痛いほうが早く回復するということになる。

それは良いことか悪いことか?



結論からして、人間はいつも気分屋であって、痛みと敵対する習性がある。

必要な刺激を感じなくさせ、麻痺させることを正義と感じる。

いかがなものか。。。。








posted by 青山整体GEN流院 at 01:00| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月19日

久しぶりの更新

使用したブログ会社が無くなって、めっきりアメブロだけの更新になっていました。

本日、更新されていないというご指摘を受けて、確かに随分としていないことを思い出しました。

再び再開宣言!?

普段の施術で気になったことを書いて行きたいと思います。



ちなみに、リンクにもありますが、ブログは他にもあって、殆ど毎日更新中です。

・六本木整体/青山GEN流院

・代々木整体/GEN流院ブログ






posted by 青山整体GEN流院 at 20:42| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月16日

助けるのではない

身体の中は、地球上の大気の流れのように、常に変動をしながら一定のリズムで波を作り出す。

嵐の日もあれば、穏やかな青空に無風の日もある。

仮に台風によって、マクロでは土砂崩れや洪水が起こって、自然環境が破壊されたとする。しかし、大きく見れば、地球の裏側では晴天によって、草木がすくすく育っているかもしれない。

時間とともに、台風は去り、また新たな生命の息吹とともに自然の再生が起こる。

人間の体も同じようなもの。

悪いところは沢山あっても、良いところを見ようとしない。


これではあまりにも偏見思考といわざる得ない。


悪いところを治すのは、とてつもないエネルギーを消費するだろう。そうして健康であったところを損なうようなことも起こりうる。

悪いところの治癒作用は、自然の法則に任せるとするならば、我々は悪いところよりも、良いところの拡大作業を行うことが先決だ。

部分ではなく全体の健康のためにはそれが近道でもあるのだ。






posted by 青山整体GEN流院 at 01:45| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月27日

好ではない

夢中と好きの違い・・

特に「夢中」である人は、好きなのか嫌いなのかすら考えないかも知れない。

一方、「好き」はいろいろな好きがある。

例えば、コロッケが好きかと聞かれれば、嫌いではないという対比があっての好きであったり、普通に好きというレベルもあったり。

多分、夢中な人は、コロッケという単語を聞いただけで、中身の詳細や味、ひいては何をかけて食べると好きか、そこまで聞いていなくても勝手に話す。

だから、夢中な人は、文字通り「夢ワールドの中」に浸っていて、家も車も植物も、みんなコロッケに見えてしまう(よく漫画などではそういう描写があるだろう)


そして、夢中である人は、至ってプラス思考である。

コロッケが食べられるなら、途中で事故に合っても、最終的に食べられたら「このコロッケに出逢うために事故があった」とすら考える。

ある意味、ストーカー的な思考であり、対物であるか、対人間であるかの差。


私は夢中である人と接すると、とても気持ちがスッキリする。

一方、好きと話している人で、その好きなものに対して意外と追求がなされていない人とは、とても疲れてしまう。

その差は、プラス思考主義だからだろう。

「何ができないか」というではなくて「何ができるか」という進展のある話ができる。

成功する人間がプラス思考で、かつ実行力があるのは頷ける。常に進展系思考だからだ。


人間の体でも、同じように、痛い部分や不調部分を「悪い」と解釈する人があまりにも多い。

「痛いから●●ができない」「できなくなった」という表現方法だ。

しかし、治る人の思考は違う。

「それでも●●が出来る」「●●が出来るようになった」という思考を兼ね備えている。

そこに居座るか、治る進展系の考え方をするか。


いつもお話することだが、痛いというのは生命反応の一部であって、むしろ生きている肯定である。

現に、痛くも無ければ、人間という生き物は健康管理などそもそもしないから、健康管理をしなさいというサインとして捉えるべきなのだ。





posted by 青山整体GEN流院 at 12:58| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月16日

気圧の変動

早い人では、台風の2日前あたりから感じる気圧の変化。

これは関節の痛みや古傷が疼くことから感じることができる。

先週の雪のときも、夏場の台風並みの風が発生していたことから、おそらくそういった方は痛んだことだろう。

人間の体は、皮膚というコーティングをされた水袋だ。イメージ的には、この水袋を海に沈めて凹み、浮かして膨らむのと同じように、気圧でも変化が起こる。

「骨は硬いから・・」と思われているかたも多いが、生きている人間の骨は、新陳代謝が活発で、実はとても柔軟性がある。

 テーブルに脛をぶつけても、簡単に折れないのはこの柔軟性のおかげ。

 しかし、一度骨折をした部位や、関節の位置異常のある部位は、柔軟性の制限が起こる。特に、骨折は器質的な問題からも、気圧の変化にはとてもよく反応する。それに、この水袋は、内臓などの各臓器が浮いている状態だ。それらに圧迫が加われば、即座に脳は骨の位置を変えるように、筋肉に指令を出す。

 結果、筋肉が緊張して、不快な症状へとつながる。

 これが、自覚症状というものだが、本態的には重要な臓器を保護するために行われている、脳の反射的活動である。

 自覚症状を軽快させるためには、この筋肉の緊張を解かなければならないのは勿論だが、更に追求すると、必然的に、脳や内臓の位置関係に着目し始めることになる。


 




 

 

posted by 青山整体GEN流院 at 13:29| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月14日

ブログ移行

ブログを移行しました。ご迷惑お掛けしますが、ブックマークの変更をお願いします。

今まで、KDDIを利用していましたが、こちらのブログサービスが終了とのこと。。。。

こういうのって困りますが、確かに最近のブログシステムにしては、随分と使い勝手が悪かった=ユーザが集まらなかったのかもしれません。

こちらのSeesaaBLOGへ画像アップロードも全て移行契約とのことで、自動的ににこちらでまた健康ブログをはじめます。

よろしくお願い致します。





posted by 青山整体GEN流院 at 01:32| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月15日

自己管理

お腹が空くと食べたくなる!

そういう本能がある人間はとても興味深い。


動物の場合も勿論同じ本能を持っているが、人間とは違って飼われていない動物は、満たされれば次の腹減りまで食べ物にあまり興味を抱かない生き物だ。



今もしあなたのお腹が空いていたとしよう。


何かを食して満腹感を得るだろう。



しかし、本当にお腹が空いて食べたのか?


あなたはそんな事を考えたことはあるだろうか?




熱い飲み物を飲んだとして、口が一番最初に、そして敏感にそれを感じるはずだ。

次に咽頭、食道となる。



「喉もとを過ぎれば」という言葉のように、胃袋はそんなに敏感ではない。なのにお腹が空いたと何故ハッキリ言えるのだろうか?


極論からいえば、脳が空腹だと「感知」しただけなのであって、胃袋は本当に空腹だと言っているとは限らない。


つまりはこの不一致で身体を壊すわけなのだ。



胃に負担を掛ければ、特に背骨では肩甲骨の間の胸椎がねじれる。

筋肉では、肩こりや首痛を訴える。



こうやって、モノを言えない胃袋は言葉ではない方法で必死に宿主に話しかける。

しかし、胃に負担を掛けたことがこれらの原因だとわかってくれる宿主はどれくらいいるだろうか?



現代人は、医学という科学に依存して、自らの身体とは会話をしなくなった。もちろんその言語など、精々小学生くらいには忘れてしまった。


そして、食べることが、生命維持としてではなくて、単なる快楽となってしまったのだ。

これが狩りの世界なら、単なる快楽殺人鬼と変わりはない。



あなたの胃は、本当に食べたいと思っているのか?



問いかけ方を今一度思い出して欲しいと思う。




posted by 青山整体GEN流院 at 21:19| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月12日

こちらのブログ

このブログは「au one net」のものなんですが、どうやらブログサービスが終わってしますようです。


2008年からこちらで開設しているのですが、なんだか残念です。


seesaaへ移行するらしいですが、sessaは既にアカウントを沢山持っているんですよね〜


まぁ、もとから使いづらいブログではありましたから、ニーズが少なくてってことでしょうか?



しばらく更新していませんが、終わりまで頑張ってみようと思います!








posted by 青山整体GEN流院 at 19:32| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする