2010年02月27日

奄美大島

 最近、恵比寿のオフィスへいらしている方で、「奄美」出身の方がいる。
 
 恵比寿でご当地物産店をやっているが、今日はそのお店を訪ねてきた。(といってもオフィスから徒歩3分)

 今まで「奄美」という場所そのものが、私の中ではっきりしていなかったが、調べてみるとなんとも素晴らしい自然の生命力を備えた島。

 下の写真は奄美地場産の商品で、本日購入してきた。自然そのものでとてもおいしく、それでもって安い。

 
CIMG2213.JPG





















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posted by 青山整体GEN流院 at 22:16| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月25日

本日出張から帰宅

 軽井沢方面より本日夜に帰宅したところだが、東京の駅に降りたときの暖かさには驚いた。

 「なんだコートなんかは必要ないではないか」

 まるで、私が留守にしている間に、1ヵ月の月日が経過した様だった。

 ハワイの空港にでも降り立った気分だ。

 来月は、今月と同じ日の22日(月曜祝)からの出張となるが、それまでまた日々精進し、毎月の出張を自分の実力の定期計測としよう思う。
 
posted by 青山整体GEN流院 at 23:41| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月22日

今日から

 今日から恒例の軽井沢方面出張に出かけるので、日記の更新は早くても木曜日の夜になります。
posted by 青山整体GEN流院 at 10:45| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月21日

寝ゾウが悪い

 「この子は本当に寝ゾウが悪い。朝になったら反対を向いていることもある」という事をよく聞くが、これは「悪い」という表現が間違って使われているものの一つだ。

 人間はその日の疲労を次の日に持ち越さない様に、睡眠をとる。そもそもだから眠たくなるのだ。

 目に向かって何かが飛んで来れば、目に入らぬように反射的に目を瞑るし、鼻がむずむずしたのならば、くしゃみでその刺激物を排除する。
 
 これと寝ゾウはなんら変わりは無い。

 骨格の緊張を弛緩させる無意識の反射運動なのだ


 「悪い」などとは程遠い。むしろじっと寝ている方が「体に悪い」だろう。
 
 深夜のテレビショッピングで、「テ●ピュー●のマットレス(トゥ●ースリー●ー、低反●マットレス)」が沢山紹介されているが、机上理論以外のなにものでもない。(もっとも、死んでいる人間や動く事の出来ない肉体にはとても優しいものであろうが。)
 
 目に向かって飛んでくる「ゴミ」に反応して目は瞑る。これと同じく、寝た状態で、硬い所が布団に当たりその反応として寝ゾウが出来あがるのだ。

 人間の必要な反射を撲滅させる程愚かなものはない。
 
 ホモサピエンスとして約10万年前に人間が誕生したと言われているが、10万年掛けて獲得した反射の叡知を、真っ向から否定するものだ。

 そうか、こういう考え方もあった。

 寝返りの反射を退化させておき、将来「高反発マットレス寝返りスリーパー!!」を発売する。

posted by 青山整体GEN流院 at 20:28| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月18日

意志だけでよい

 物体そのものは、外力の作用なしに動くことは「ほぼ」ない。

 しかし、人間の生きた体はその法則が成り立たない。
 
 人間は集中して「意志」を働かせると、その「意志」が動く原動力になる。
 
 確かに、多少のコツは必要だが、古い年代の書物を読むと、確かにこのコツを知っていたと推測される。
 
 このコツは常識を一度取っ払う必要があるが、おそらく夢を見たことが無い人以外は可能だろう。
 すなわち意識的に脳を働かせている状況では「物体は外力の作用なしには動かない」のである。
 
 子供はとても上手だ。というのも常識が脳に定着していないから、このコツを如何なく発揮できるのだ。

 だから、子供が誰かの手足の痛みや、不都合を取り除くことはとても簡単な仕業である。
posted by 青山整体GEN流院 at 16:48| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月17日

問題点は白紙の汚れ

 何かの問題点に注意を向けると、人というのは明らかに視野が狭くなる。そして、その視野が狭い中から再び問題点を洗い出し、更なる問題点を見つけ出そうとする。

 これで解決する問題ならばよいのだが、その程度で解決する問題点ならば、既に解決しているわけで、悩む所までは行かないだろう。

 催眠効果もこれに近い。

 誘導の際には、一つの「何か」に注意を向けさせ、そしてそこから絶対に他に意識を向けさせない。

 典型的な例として、紐に吊るしたコインを注視させて、それを左右にゆっくり振り、眼球が追ってくるかを確認するのだ。
 
 勿論、これで眼球がコインの動きと一致してこないのならば、注視できてはいないことになり、催眠の導入としては失敗なのだ。
 
 今の例はコインだった。しかし、なんでも応用ができるのだ。例えば、体の一点に軽い痛みを持続的に与えればこれも「注意を一点に向ける」という事で、原理はコインと同じだし、これが思考の中でもコインの代用になるものは沢山ある。

 
 問題点というのは、その語句のごとく問題の点である。つまり、コインの代用としてはとても使い勝手が良いから、意識を注視させ、自己催眠に入るにはとても理想的なものなのだ。

 だから、問題点を自分の中で一度考え過ぎると、自己催眠に入る可能が高い。当然個人の感受性が高い低いはあるものの、入らない人など人間である以上ありえない。

 TVに注目しない人がいないのと同じ事だ。

 だとしたら、そこから脱出する方法も知らなければ大変ではないか?
 

 白紙の画用紙に黒い点を打つ。その点に注視して周りが見えていないのが、簡単にいうと催眠である。
 ならば、その画用紙の黒い点以外の全体的な部分を見ればよいのだ。
 しかし黒い点を見ないには、「他の注視場所」を一時的に借りる必要がある。何故ならば、催眠の集中状態は、とても心地がよいから、本能的にそこから抜け出すことを嫌がるからだ。

 寒い日の布団から出たくないのと同じである。
 
 十分悩んだのならば、今の生活の中の問題点に注目する事を辞め、自分の生活(画用紙)をもっと広く見る。視野を広げることこそが、一点の注目を解除する方法なのだ。

 いくら頑張って「黒い点」と睨めっこしても、その大きさは変わらない。変わるとしたら、時間が必要なものばかりだ。

 (一番最後まで見てね)
 

 世界最大落差!?
 落差を作り出したのはあなたの勝手な思考

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 極め付けがこれだ。回っているピンクの点を追うとピンクだが、真ん中の「+」に注視すると、周りのピンクが緑に見える。この現象が今回の題材に一番合致しているかも。

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 今あなたはこれらの画像を注視しているときに、TVの音やエアコンの音、同居人の動き、どれくらい経ったかのか時間を把握していただろうか?意味がわからなければ、最初から読み直すべし。
posted by 青山整体GEN流院 at 10:59| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月15日

他の施術を受けに行く

 世の中には沢山の施術院があり、そして沢山の施術方法があるものだ。
 
 今日は時間を作って、私が他の施術を受けに行くことにした。

 ちなみに、職業はフリーターということで、同業種をあかすのは避ける。というのも、同業種と名乗ると間違いなく普段やっている施術をやらない。

 「意地悪で」ではない。なんというか、言い訳がましく話しかけるのが多いのだ。

 今回行ったところは1回13,000円で約1時間。

 もともと興味深い方法でやっていると聞きつけて行ったのだった。

 当然偽名だから、検索でも私の日記には辿りつかないので、安心して記すことができるが、理論武装が激しいお方なので、少し仕掛けをしてみた。

 施術の最中、頭をじっと持って、私の体外フィールドを広げようとするので、「私もどうせなら」彼(施術者)のフィールドを広げたあげることにした。

 2,3分後、仰向けになった私の視界の上(私の頭上方向)から、彼のおでこが見え、また消えてゆく。
  
 「ふーん自分がフラフラ動くやり方もありか」なんて思っていたのもつかの間。
 どうも見えずらい視界だからはっきりとは分からないが、おでこが先ほどよりも近づいてくるように見える。

 と、次の瞬間!!

 彼(施術者)の「おでこ」が私の「おでこ」に

 頭突きぃ〜!!

 「痛〜〜っ!!!」←私

 なんと彼が寝てしまったのだった。

 「おいおい寝ていいのはこっちだろ!!」当たり所が悪かったら、鼻を頭突きされて折られるところだった。 

 それにしても彼は「ヨ・ダ・レ」まですする始末。

 まぁそれだけの料金を徴収して人が集まっているのだから、上手な先生だったのかもしれないが、この後3度「おでこが接近」してきた。
 
 その度に私は逃げる準備をするから、リラックスどころか肩が凝った。


 帰り際に受付で「13,000円です」と妙にすっきりしている彼の瞳が忘れられない。

 その目は勘弁してくれ。

posted by 青山整体GEN流院 at 18:13| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月14日

有害か無害か?

 近年は、CO2削減でクリーンエネルギーの観点から、風力発電も注目を浴びている。

 今日のニュースであったが、どうもこの風力発電の装置から発生する低周波が、人体に有害の可能性も否定できないというのだ。

 「へぇ〜」というように何も気にならない人はその方が平和的かも知れないが、良く考えてみると、この「害」というものは、一体何についての観点からなのだろうか?

 仮に研究家によって、この低周波の影響を動物実験を始め、人間の体への影響を調べたとしよう。そして答えは「無害」だとする。

 しかし、研究家の行った実験というものはすなわち「科学的観点」というものであろう。

 意地悪な言い方をすると、それからしか計測していない。

 よく考えてみよ。何かが人体の届く範囲内にあるのならば、それは十分「何か」を起こす。

 その「何か」がいわゆる科学という定規の目盛りで測れるかどうかが本件の結果だ。


 しかし、お風呂場で、指先の逆剥けを引っ張り出血させて、湯船に極少量の血液が入ったとする。だが見た目は湯船は赤くはならない。
 
 しかし、確実にその湯船には血液の成分が入っているのだ。

 もっと大きく言えば、アメリカのカリフォルニア沖の海で流した血は、千葉の九十九里浜まで漂流するかもしれないのだ。「物質は消えないが変化はする」ただそれだけのこと。「物質が消える」というのはテレポーテーション(瞬間物質移動)の類である(この方が非科学的だと思うが)。
 

 つまり、その量が人体に影響があるかどうかということにつきる。


 よって「有害」という言葉は実にあいまいなのだ。

 私のオフィスでは低周波で体が歪曲する人もいるし、全く反応しない人もいる。
 
 ド・レ・ミで歪曲する人がミ・レ・ドで歪曲が瞬時に無くなり、ファ・ソ・ラでちょっと歪曲する人もいる。仮にこういう人にド・レ・ミだけ10分聞かせると、身体の異常を訴えるのだ。

 つまり「影響力」が有害になるか無害になるかは、その人の人生の「記憶」にある。

 だから、「有害」「無害」と断定する科学が何様かは知らないが、人が作った機械で人を測ること自体に無理があるのだ。

 であるから、有害と聞けば「そうか悪いものなのか」と。無害と聞けば「そうか影響はないものなのか」という解釈は間違いである。

 「大方の人は」という語句がどこにもないではないか。抜けているのか省略しているのか、隠しているのか、暗黙の了解なのか・・・。

 ところが、書き方を変えて「暗黙の了解:抜けている」「隠している:省略している」としてみれば、あらまぁ不思議と対立的な言葉に聞こえるのは私の言語能力のなさか?
posted by 青山整体GEN流院 at 18:17| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

状況を変えるには

 無造作に積み上げられた本を整理していると、ついつい「これ持っていたんだ」とパラパラ捲ることに時間を費やしてしまい、目的である本の整理に時間が掛かってしまった。

 とある本に、周囲の状況を変化させるコツというものが列記されていた。

 その内容を私なりに編集して紹介する。

 まず、状況は自分にとっても、相手にとっても「結果的に良い状況」に変化しなければ意味がない。

 というのも、自分にとってだけ、または相手にとってだけ良くなるのならば、「呪い」となんら原理は変わらなく、「エネルギーの循環の法則(自分が相手に発したエネルギーは、時間をかけて自分の元に戻ってくる)」からいうと「呪い」そのものは結局自爆を意味するものだからだ。(わかりずらければ、砂鉄の上に磁石の棒を置いた砂鉄の整列を考えてみよ。)

 であるから、相手の幸せは自分の幸せそのものである。
 
 微生物の世界でも、無菌のビンの中に一つだけ菌を入れると、結局自分の発したものや、増殖させたものによって、最終的に自分が生きては行けなくなるという面白い実験がある。(地球環境問題とダブって見えるが)

 例えば、あなたがご主人に普段から不満があるとする。

 そうしたら、あなたの思考を文章で表したなら、一体どのようになるのだろうか?

 「主人は私のプライベートを邪魔しようとする」
 「主人は私たちの将来はどうでもよいと思っている」
 「主人は私が困っている事に対して、手伝うという気すらない」
 
 これではまるで「呪いの序曲」である。

 しかし、結構の割合で「正直このような文章になる」という人は多いのだ。勿論これは家族だけではない。友人や職場といった「いわゆる自分の生活の場」という「枠」で考えても同じことだ。

 自分の信じる方法ならば何でもよいのだが、なにも必要としない「イメージ」というものを使って、ご主人に対する「心の言葉」を変化させてみよう。

 静かなところで目を瞑り深呼吸をしよう。そこにご主人をイメージして、現れてくる「心の言葉」を見てみよう。
 
 「主人は私の話に耳を貸そうとしない」 
 「主人には生活にもっと責任を持ってほしい」
 「主人についてその件は放っておこう」
 「主人にもっと厳しく言い聞かせよう」
 「主人がもっと協力的になればよい」
 「一体どうしたらよいのか」
 これらの「心の声は」イメージを現実から切り離せていないことを表す。すなわちあなたの思考は既に「マイナス」に占拠され、「失敗を呼び込む」いわば「呪い」の伝承人となっているのだ。
 
 イメージの中は自分の空間だ。つまり自分の空間までも誰かに占拠されてしまう状況は、「他人に流されている」という事である。
 恋愛マンガや、ドラマで典型的な「恋」をした人物役のシーンを思い浮かべて欲しい。完全に思考を占拠されているではないか。制作上大げさではあるが、あれが現実だと、ストーカーである。
 
 つまり、言い換えると、あなたは「ご主人のマイナスのストーカー」になっているのだ。

 イメージの中で、次の様に思えるようになれば成功だ。

 「主人のそういう態度も必要なときもある」
 「主人の頭の中は、今は他のことでいっぱいで新しい問題は処理できないのだ」
 「どこの家庭でもありがちなこと」
 「解決を急ぎ過ぎる必要はないだろう。これでは私が他の人に耳を貸せなくなる」
 「人生はそればかりではない」  
 
 これが全てのポジティブへの変化の起点になる。是非、息苦しい生活になっているのならば、やってみて欲しい。
 コツはまず自分の中の「不満」に対するイメージ変化からだ。

 
 
 中心近い人物程、エネルギーの還元は早い、(結果的に円になる)つまり、自分に近い人の態度程、自分を正しく表しているものはない。

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posted by 青山整体GEN流院 at 08:11| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月09日

やっぱり

 今日天気が良く、時間が空いたので、渋谷の東急ハンズまで出かけることにした。

 というのも、近くにオフィスの中の配置を大幅に変更する予定があり、その為の下見に行ったのだ。

 行きは歩き(20分位かな?)だったものの、帰りは面倒になり、違う帰り方をしたくなったのだ。

 そこで、渋谷市役所(代々木体育館の近く)から発車している、ハチ公バスに乗ることにした。

 知らない人の為に、ハチ公バスとは、渋谷区内を縦横無尽に走る小型循環バスで、料金も一律100円。関係はないが、支払いは乗車時である。(地元の北海道ではバスは料金後払い。一度お金が足りなかった事があったが、北海道らしく見なかった事にしてくれた。)

 そして、恵比寿のオフィスの近くで降りる目論見だったが、これがまた、区内を蛇行して走る為に、途中で降りて歩いたほうがはるかに速い気がする。

 ただ、お年寄りには便利か。

 始発の渋谷区役所前で乗ったわけだが、途中で子供(2歳くらいかと思う)連れのお母さんが乗ってきて満席だったので、私が「よろしければどうぞ」と譲ったのだった。

 しかしだ。「え、まぁ大丈夫です」と、あっさりと断られてしまった。

 「そっか立って景色を見ながらも、子供にとっては楽しいか」いや「次か、その次で降りる予定なのか」と勝手な解釈をしていたのだった。

 ところが次の停留所で、座席に座った一人が降りた。ここまで記せばお分かりかと思うが、そう、私が譲った子供ずれの奥様が、真っ先に座るのである。しかも、すぐに子供が膝の上で熟睡。

 あれ?

 譲るという行為は難しいものだ。
posted by 青山整体GEN流院 at 18:29| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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