2010年07月31日

お散歩

 毎年恒例化しつつあるが、上野公園の不忍池へ、蓮の花を見に行ってきた。
 
 あいにく夕方で天気も悪く、暗い写真になってしまったが、蓮の花は午前中に開くらしく、行く時間帯を間違えてしまった。

 ご存じの通り、つぼみも花もデカイ。

 ちなみに、これから8月始め頃までが見頃らしい。

 
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2010年07月30日

住まいの引越し

 今年の12月で、今住んでいる目黒の賃貸更新になる。

 ということで暖かい今のうちから、時間のあるときにはお部屋探しをしている。

 タワーマンションなど、それなりのものだと一ヶ月20万円は当たり前の世の中だし、普通のマンションにはもう飽きてしまった。

 ならばロケーション重視でという戦法もある。

 例えば、東京タワーやレインボーブリッジを見渡せる場所。

 これも狭くて高いのが一般的だ。

 探し疲れて結局適当なところになるか、多少仕事場から遠くてもここならという場所が見つかるのか。

 現在は数件見つかってはいたが、やはり人気ですぐに抑えられてしまうから、暇な人の方が有利か。
posted by 青山整体GEN流院 at 19:47| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月27日

切符

 つい先日、京急線に乗って品川へ向かった。
 その時に購入した切符が、京急線からJR線を乗り継ぐ切符で、途中で用事が出来たため、JRの乗り継ぎなしで窓口で返金をお願いした。

 ところが、その窓口では「買った駅でないと返金できない」というのだ。しかし、切符を失くしたわけでもないし、乗った駅にしろ申し出た駅にしろ京急である。「同じ会社なのにどうして駄目なのか」と聞くと、できませんの一点張り。

 同じ京急線で多く買ってしまったのであればわかるのだが、JRの乗り継ぎ分の話なのだ。

 渋々改札口に行くと、改札に駅員さんがいたので、もう一度聞くと「ここで下車されるのでしたら御返金致します」とあっさり。
 この対応の差は一体何なのだろうか?

 おまけにそういった場合の切符もポケットから出してくれるではないか。

 同じ会社でこの対応の差は非常に問題があると思う。窓口の駅員さんは、単に手続きが面倒であったのだろうか?
 それとも、出来るだけ利益を上げる為の手段なのか?

 いずれにしても、東京というところはどうも住みずらい。場所がではなくて人間が。
posted by 青山整体GEN流院 at 22:18| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月22日

夏は

 ここのところ日本各地で真夏日、熱帯夜の連日だが、夏バテで食欲がないという話をよく聞く。

 ちなみに私はそれが夏バテとしたなら、現在夏バテ中である。食べたくないのに無理に食べる必要はない。

 3週間くらいなら、水分と少量の塩分を取っていれば、むしろ健康的になれる。

 私はここのところ一日0.5食程度だ。全く不足を感じないし、それで満腹である。

 「夏は食べなくては・・・」と誰が決めたのか不明だが、通常沢山食べる人の栄養吸収効率は悪いし、少ない人は吸収効率が良い。
 ならば、時代は省エネであるからして、地球全体で絶食週間をつくればよい。

 あまり食べない時に食すご飯のおいしさは格別である。

 
posted by 青山整体GEN流院 at 22:33| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月21日

給湯器

 賃貸マンションの給湯器が壊れた。先日の夜から全くお湯が使えない状態だ。

 こういった場合賃貸なので面倒だ。管理会社を経てオーナーの承諾があって始めて修理の依頼までこぎつけられる。

 しかし、住居している人にとってみれば、シャワーすらできない状態。シャワーすら出ない部屋に家賃を払うのもなんだが、御蔭で銭湯暮らしになりそうだ。

 銭湯といっても、一番近いところでも徒歩12分掛かる。この暑い中だと、帰ってくるまでに汗が出てきてしまう。

 都内で初めて銭湯に行ったが、なんとういうか「昭和」を感じる。

 「殿方」の方の扉を開けると、少し年配の女性の番頭さんが着替え場所をウロウロ。別にそれだけでは気にはならないが、当時私と同じくらいの男性が5人程いたが、それぞれのところへ裸体の前に回っていちいち温泉の説明をするのだ。

 まぁそれもよしとしても、話している最中の目線が凄い。上から下まで一人一人あからさまにチェックするのだった。

 それもまぁよしとして、私は見つからずに浴室へ入ろうとした瞬間、年配の番頭さんが「あ!」というので、私は後ろを振り向く。すると、走ってやってくるではないか。

 まさか、と思ったら案の定後ろから片足を踏み出して覗きこむ。そして「うん、うん」というのだ。何が「うん」なのか分からない。しかも二回も。

 これが許されるのは、年配の特権。

 にしても、都内の銭湯というものはそんなものなのか?

 
posted by 青山整体GEN流院 at 09:36| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月20日

隠す

 人間という生き物は、嫌なものから逃げる性質が本能的に備わっている。

 そして大人になると、人生で学習したことによって、本能的に嫌なものとそうでないものが分からなくなってしまうから厄介なのだ。

 しかし、いずれにしても嫌なものは嫌なのである。

 本能的に嫌なものは反射的に反応をする。それとは違って、学習的に嫌なものは「自己工作」をして、意識的に反応を出すのだ。

 わかりやすく言うと、熱いものを手にしたときに、ものすごいスピードで熱いものを離そうとする。これは本能的であって、決して考えた行動ではない。それとは逆に、テストで悪い点数を採ったら答案用紙を隠すという習性は考えてやったことである。これは点数が悪かったことにおける、自分に対する世間の眼差しから自分を防御するために行うわけだ。

 今日のニュースでも、「東京の築地移転場所の有毒化学物質の実際の数値を隠していた」ということがあったが、理由は反対する人達(特に民主党を筆頭に当時の与党)の声が強まるのを恐れていたということであった。
 都側は「隠すつもりはなかった。いずれ公開するつもりだった。」という釈明。これを、小学生のテスト答案を隠す習性と置き換えれば、なんら変わらないことが分かるだろう。
 
 ということは、現時点での日本の政治というものは、「いわば各党批判合戦」である。
 つまりは、自己の政党が不利にならないように、学習的隠ぺいをしていることは明らかなのだ。

 よって、批判的攻撃からは拡大ではなく縮小しか生じないことが多いだろう。

 
posted by 青山整体GEN流院 at 11:30| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月17日

無事に帰宅

 東京から富山までレンタカーで行ってきたわけだが、勉強のつもりがいつの間にか観光へ重点が切り替わってしまった。

 
 諏訪辺りまでは高速道路。国産車の弱みというか、タイヤの貧弱さというか、雨で●30キロも出せばハンドルが効かなくなってしまう。

 先日、豪雨の被災地になった岐阜の方から一般道で富山まで。始めて行ったので普段の峠の状況が分からないが、大雨で土砂崩れ警戒の通行止めが多数。走行車両も見当たらず、「本当に大丈夫なのか?」と思いながら孤独なドライブ。

 運転中、何か所か地滑りをして、山肌が出ているではないか。「これって普通・・・か?」と、いつもを知らないが為に至って冷静。
 
 対向車を含めて仲間が少なく、峠の攻めの走行を満喫できた。

 運転はともかく道は素人。人生で初めてトラフィックインフォメーションへ電話をして、通れる道を聞きながらの運転であった。(それにしてもauでさえ山中は通じない所が多かった)

 
 
 東京-富山-東京で全走行距離1320q
 



御柱で有名な諏訪湖周辺にある諏訪大社(4社全て)

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途中の峠。雲よりも高い所にいるらしい。

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世界遺産の白川郷

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能登(朝だけ晴れ間が)

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posted by 青山整体GEN流院 at 10:14| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月12日

野暮用

 今日から北陸へ勉強のためお出掛け。レンタカーで行くので、少々長旅である。

 ここのところ日本各地で豪雨が多く、ちょうど私の行く地方もつい最近被害がでた所だ。

 要注意ではあるが、子供のころ台風が来るのが何故か楽しみだったことを少し思いだした。

 やはり人生は刺激的な方が脳が活性化する。毎日同じ所で同じことをやってでは、誰のために仕事をしているのか分からなくなってしまうだろう。

 幸い、私の場合、自分の仕事のお勉強が楽しみで仕方がないから、どこに行くにも旅行気分だ。
 
posted by 青山整体GEN流院 at 03:26| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月10日

参院選挙

 さて、明日には参院選となるが、私が接した人々は「今回は迷っている」という意見が多かった。

投票へは是非とも行って欲しいとは思うが、個人的な意見では、ここまで国民が政治に参加をしずらくした、日本の全ての政党に漏れなく責任があると思う。

例えば、テレビで参院選前の党首討論番組を多く目にするが、どうもお互いが細かな違いを誇張し、自分の政党をアピールするやり方が、結局同じ手法であり、他党でありながら、最終的には同じ者に見えてしまう結果に至ってしまっている様に思える。

つまり、水性絵の具で黒色のキャンパスに、青だの赤だの黄だのを塗る行為と何ら変わりはなく、すなわちキャンパスに絵の具を塗る前に、まずは全ての政党が協力をして、白にしなくては対局の色さえ出せないのが今の政治の現状だと思う。

しかし、実際はその工程をとばし「〇〇党のやり方がキャンパスを黒くした。だから我々は〇〇党のやり方には絶対反対で…」と、キャンパスを黒くした犯人のなすりつけ合いを、公共の電波で見せられるのは、ある意味放送事故とも言えないだろうか。

いろいろ議論は結構であるが、日本国をひとつの山渓として考えると、川の本流が大企業や富裕層であり、本流から分岐した下流が中小零細や低所得層である。今の日本の現状は、下流の田畑に水が来ず、末端が年貢を払う事が出来ないか、将来不安の為に隠す(使わずに預金する)状態な訳だ。
 だとしたら、年貢を減らしたり(年収400万円以下は還付)家族分の食べ物をばらまいたり(子育て支援など)といった行為が、下流の田畑の豊作に繋がるだろうか。
 
 つまり、山渓に水が少ないから、一体どこから持ってくるのかという話し。

 仮に下流の人々の為に、本流(富裕層の増税)から水を吸い上げ、下流に撒いたとしたらどうなるだろうか。低所得者層の感情からすれば、「是非ともそうしてくれ」となるだろうが、結局給与所得者の多くは富裕層から水を(お金)を貰っているわけだし、全体論からすれば、「プラスマイナスゼロ」である。
 むしろ、もし私が雇用を生み出している富裕層ならば、自己防衛の為に、給与カットやリストラを断行するかも知れない。
 では、お上の無駄遣いを無くすべきだという意見もある。

 しかしだ。私の意見はかなり違う。本流だの下流だのそんな「ど近眼政治」に展望など見いだせやしないと思うのだ。それらの細かな事は自然に任せ、山渓の真上から余る程の雨を降らせる発想が欲しいと考える。
 余ってから無駄遣いを無くす方が、辛い時にやるよりも、はるかに楽に感じるのではないだろうか。つまり現行の常識とは逆にあるのだ。

ではどうすればと言うのなら、雨雲は世界中の上空に沢山あるではないか。哀れな票の奪い合いよりも、そちら側が最優先となるべきではないだろうか。

ある意味北朝鮮は上手いやり方をする。潜水艇爆撃をして、多数の死傷者が出て、それが仮に100%北朝鮮側がやったという証拠を提出しても「さぁ〜ね、全く知らない」の一点張りで通っていないが通してしまう。

日本が諸外国から「雨雲という仕事」を強引にでも取る、そういう利用方法ならば、北朝鮮手法は優れものかも知れない。

 そして、日本製偽ブランド商品が、中国で出回り面白可笑しくテレビで取り上げているが、そろそろ負け惜しみになるので辞めるべきだと思う。

 例えば、サザエさんが中国で真似て、日曜夕方に放送されて流行し、そこから他国に渡ったとする。そうしたら、その国のサザエさんは中国で放送されていたものとして捉えられるだろうし、後からそこの国民に「本当は日本の」と教えても、「中国のサザエさん」のレッテルが剥がれることはないだろう。
 そして、仮に中国やそこから渡った国でも「サザエさん症候群(次の日の仕事を考えブルーになる)」が起こったとする。それを中国が「シジミ症候群」と名付けたならば、むしろ多数のシジミ症候群の方が有名になり、いずれ日本も「サザエさん症候群」を「シジミ症候群」として呼ばなくてはならなくなるかもしれない。

 つまり、このままの「お人好し日本」を維持する路線の政治ならば、「国際社会のいじめられっ子」「国際社会のヒモ」を目指すも同然である。
posted by 青山整体GEN流院 at 10:30| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月05日

参院選

 今日から軽井沢方面へ出張に出掛けるが、帰ってきたら参院選の投票日だ。

 勿論私も一票を投じに行く。

 ここのところ、テレビで参院選前の党首討論が報道されているが、あの内容はとても滑稽。

 というのも、結局は最終的に、政権与党は与党であるが故、否定や断行できないところを指摘するのが野党。その逆も同じである。

 つまりは、多分に与党と野党が入れ違えば、政党がどこであれまた同じ構図の討論が行われるわけだ。

 「誰がやっても同じ」という意見はあながち間違いでもないだろう。(とはいっても投票には行くべき)

 結局は官僚を始め多くの有力者や、その中枢が民主主義の反映ではなく、「結果民意」なのが問題なのだろうと思う。

 出張から帰ってきたら、生意気にも私の思う「国や人間の精神が上昇する条件」を書こうと思う。
posted by 青山整体GEN流院 at 10:15| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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