2010年09月30日

帰宅

 軽井沢方面の出張から帰宅した。東京はやはりこれでも暖かい。あちらの朝晩は、場合によっては東京の冬の気温だ。

 気温が大きく上下する時には、体調を崩して風邪を引きやすい。

 風邪を引くことは一般的に好まれないことだが、風邪を引いて回復する過程は決して悪いことばかりではない。

 「病院で治療をしてもら」という視点ではなかなか見えてこないところだが、治癒をする際の免疫力は、通常よりも格段にアップしている。つまり、回復をさせようとするがゆえ、身体機能を一時的に上げるのだ。それはまるで宇宙船の緊急出力エンジンみたいなもの。

 そうやって身体を改善に至らしめるのだが、免疫系統が活性化するのは、風邪のためだけのスイッチではないのだ。
 つまり、風邪から回復しようとしたのが切っ掛けで、他の身体不調部位の修復も行われる。

 極端なことを言えば、重度の風邪を引いてその風邪が治った頃に、手術を必要とした腰椎椎間板ヘルニアも治癒しているという事もある。

 ともすると「風邪を引くことはよくない」という印象が専攻しているが、それが決して悪いことでもない。

 病気になって発熱するのは、身体機能をアップさせようとしているだけのことであり「害」という認識は改めるべきなのだ。

 
posted by 青山整体GEN流院 at 23:29| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月25日

寒くなってきた

 今更ながら、東京は寒くなったと実感するこの頃。

 ついでに日記もサボっているが、今日から軽井沢方面へ出張に出掛ける。
 
 あちらはかなり寒そうだが、体調管理には気をつけたい。

 この季節の変わり目は、非常に注意が必要である。

 というのも、毎度のことこういった季節の変化が激しい時期に、酷い腰痛などの症状で訪れる方が多いからだ。

 かといって対策は?と聞かれるものだが、食生活を乱さないことが手っ取り早い対策。

 ついで、暖かいものを飲む機会が増えることからか、お茶やコーヒーといった刺激が強い飲み物を、特異的に飲む人がいる。

 これもまた要注意。
posted by 青山整体GEN流院 at 17:43| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月20日

フォアグラ

 先日、フランス帰りのかたから、お土産でフォアグラを頂いた。

 フォアグラといえば、ガチョウを無理やり脂肪肝にさせたものだが、これがまたどうやって食べようか悩んでいる。

 試しにでは、試しているうちに無くなってしまいそうだし、かといってトーストにのせるかソテー以外に思いつかない。

 しかし、料理をあまりしない私が、そもそも滅多に食さないフォアグラを一体どうやって・・・
 
 誰か美味しい食べ方を教えて。
posted by 青山整体GEN流院 at 13:44| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月16日

久々に金融

 このごろ金融関連のネタに語無沙汰であったが、経済好きにはたまらない、日銀の円売りドル買い介入を行ったので、それには触れておこうと思う。

 まず、よかった点として、介入前までのドル円が82円後半であったので、そのラインを一定の底値として印象付ける効果はあったと予測ができる。(次回82円後半が一定の抵抗ラインになる)
 また他には、日本政府の円高を黙っては見過ごさないという強いメッセージ発信にはなったと思う。

 一応ニュース等では2兆円規模の介入としており、現在のニューヨーク時間でも介入は継続しているようだ。
 
 問題点はその実弾が切れたときである。つまり、介入額には限りがあるし、例えば介入をしてもレートが拮抗しているというのならば、円を売ると同等の円を買う人がいるわけである。つまり、それが加熱するということは、駒の回転数が高まるのと同じで、やはり介入の実弾が切れたときには、更なる円高暴走が進むことになりかねない。

 そして、これはマスコミ批判であるが、あれだけ公共事業の借金に対して過敏に扱っている割に、為替介入に対してはむしろ歓迎ムードである。
 
 おかしい。

 何が言いたいのかというと、つまりは円を売ってドルを買うことは、短期国債によってまかなわれている。つまりは扱い上借金なのだ。
 「いや、いずれドルが回復してくれば問題はない」という人もいるが、公共事業だって経済活性を図れるものは沢山ある。

 つまり、マスコミは一般的な心象が悪いもの(例えば無駄な公共事業)には相当に叩くが、株価や為替の様に回復の心象を与えるものには、かえって世論の批判を浴びそうだから何も言わないのだ。

 介入をしようとしまいと、実態経済は何も変わらないのである。マーケットというものは正直なところだから、介入期間に大幅な経済回復が見られなければ、いずれはやはりまた円高へ。

 いつも自由なところに余計なことをした方が、結果の収拾は厄介になるものだ。

 それと、先日民主党代表選が行われ、現職の管総理が再選された。そこで街頭インタビューにて、小沢氏の落選についてのコメントを求めるものがあったが、皆さんおかしな表現をする。
 
 お気づきになった方もおられるだろうか?

 そう、皆さん「やはり政治と金の問題が・・・」と言うのだ。

 「政治と金」というキャッチフレーズを流行らせたのは「マスコミ」であることに他ならない。

 「金と政治」という表現でもよくないか?
 「金の問題」という表現でもよくないか?
 
 でも、みな「政治と金」というのだ。
 
 つまり、街頭インタビューで「政治と金」というフレーズが出てくる時点で、かなりの部分「マスコミ主導の情報操作が行われた」という事ではないだろうか。

 陪審員制度が始まった現在では、マスコミの報道のありかたを大きく転換すべきと私は考える。
posted by 青山整体GEN流院 at 00:21| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月14日

やはり

 以前に一眼のデジタルカメラを買おうとして、機種に迷っているということを書いたが、結局潔く悩み潔く買ってしまった。

 試し撮りをしてみたら、コンデジでは撮れなかったものが沢山撮れ、あまり美味しくなくても美味しそうに撮れるのは魅力的だ。


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posted by 青山整体GEN流院 at 14:32| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月09日

耐性菌

 ここのところ、抗生物質に対して耐性を持った菌がやたらと取り上げられている。

 ご存知の様に、生命体というものは適応能力があり、殺せば種の保存の英知で、より強力な耐性を持つ生命体が生まれやすくなる。

 この原因は、勝手に菌が進化したという自然のサイクルではなく、薬剤の使用による耐性を持つ菌が不自然なスピードで増えてしまった。

 つまり、人災である。

 ならば薬剤も、より効果的なものを研究するのだが、それが広範囲で使われたのならば、それに対して更にまた耐性菌が出来上がる。

 終わりのない戦い。

 だったら戦わない方法もある。しかし、医療という分野では「病気と戦わない」という発想は皆無。
 
 「それで亡くなった弱い患者はかわいそうだ」という意見もしかり。しかし、耐性菌だって、弱い人が感染すれば先に亡くなるし、更に少し弱い人も亡くなるではないか。

 全体で考えれば、正義の戦いというものは、いつも正義ではない気がする・・・・。
posted by 青山整体GEN流院 at 19:51| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月06日

原点に帰って

 昔からこのブログを読んでいただいている方々は、既にご承知の内容となる。

 というのも、我々のような職業の原点を知って頂きたいのだ。

 一般的に身体に異常が生じた場合、その殆どが「病院」といわれる施設に行くはずだ。

 しかし、それとは別又は逆に、我々の様な施術を受けに来る人がいる。

 その差はいったい何なのだろうか?

 ということで原点を知って頂ければその答えは見えてくるのだ。

 まず、病院という施設には「医師」がいる。これは国家が与えた資格の名前であって、当然医師にも職域というものがある。
 例えば、内科医が歯科をやらないし、家の建築設計をすることはできない。

 つまり、医師というのは「人間の身体を診断、治療」をする存在である。
 そして、我々のようものは、身体の自然治癒能力を大前提として、自然以外の介入は最低限であるべきで、もしそれが必要であれば、医師に委ねるとする。

 だから、医師は患者の症状に対して診察、判断、治療によって治癒へ導く職業であり、一方、我々のようなものは、治癒過程には一切介入せずに、自然な治癒を促進するために何かをするわけだ。

 簡単に言えば、医師は医師が治すが、我々は本人の身体に治してもらえるようにする。つまりは、自然治癒が治すのだ。

 だから、病院に行く人は、医師の治療を求めるものであり、我々のようなところに来る人は、筋肉痛を時間の経過とともに軽減させるかのごとく、本人の身体治癒過程を信じている人たちだ。

 確かに、現代では病院というところが、身体を治療するところではあるが、百数十年前にはそういった分類はまったくなかった。

 何故分裂してしまったのかというと、科学と政治力を持った方が強くなっただけである。

 我々の様なものを「非科学的」とする人が多いが、そういった人たちにすれば意外に、全くそんなことはない。極めて科学的であるのだ。
  
 ただ、先ほど記したように、自然治癒が仕事を完了するには、殆どが時間を要する。つまり、治療をしなくてはならない医者は、時間が経てば自分の治療によって治ったのではないと不安を感じるだろう。その時間というものが科学的にマイナス要素となるわけだ。

 植木鉢の枯れかかった植物は切除し除去するか、薬物を投与して、健康にしようというのが現代医学。
 日の当たりが問題で枯れてきているのではないのか?とか、水の与え方や鉢底の排水性、土にミミズが住めるようにしてやれば、健康になるのではないかとするのが我々のような仕事。 
posted by 青山整体GEN流院 at 22:58| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

必要になった

 今まではなかなか使いう機会がないと思い、コンパクトデジタルカメラ(コンデジ)を使用していたが、今回は必要になったため、デジタル一眼レフ(デジイチ)のカメラを買うことにした。

 なかなかあちらこちらと持ち歩けるサイズや重さではないが、やはりコンデジと比べると天と地ほど違う。

 それに最近は出尽くした感があり、一眼も非常にリーズナブルになってきた。

 先日いらした方の携帯電話の画素数が、私の持っているコンデジよりも多かった。機能面ではやはりカメラ単体にはかなわないが、最近の携帯電話カメラは恐るべし機能。

 コンパクト重視なら携帯電話で十分なようだ。
 
 ということで、カメラ選びをしているところだが、迷う時間というものは、時間を決めなければいつまでたっても決めきらないし、気持ちよく買えない。
 その時間内で、大いに迷う。これが私のやり方なのだ。
 
posted by 青山整体GEN流院 at 19:27| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月05日

ジン

 お酒は基本的には飲まないように心がける最近だが、困ったことに「ジン(JIN)」にはまってしまった。

 当然何かで割るわけだが、これがまた100%フルーツジュースと割ると非常においしい。

 もちろん自分で割って作るわけだが、昔からお酒を自分で調合?するのは大好きである。
 
 お酒つながりで、私のオフィスから徒歩1分(ベランダから見える)のところに「BAR」と描かれた本当に小さな看板が立っているところがある。私も全く気がつかなかったわけだが、ある日行ってみると、非常に雰囲気が良く、お気に入りの場所と化してしまった。

 まだ一度しか行っていないが、ハイボールがとても美味しい。店員さんの話によると、最近のハイボールブームの立役者、サントリーの方が来店し、温度計を持参して、割る度合いなどを調べていったそうだ。

 確かに、ここのハイボールは万人受けの味。

 一人ではなかなか行けないので、興味のある方は是非私を誘ってください。(お酒を控えているのだが)
posted by 青山整体GEN流院 at 21:06| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月02日

健康は綱渡りだ

 誰もがみな健康でいたいものだが、そうでない人達がいるのもまた事実。

 生命体のすべては、自らを個の中で解決する機能を持っている。
 植物、動物、人間は当たり前のこと、単なる物にだって全ては元通りになろうとする作用が働く。

 この作用があるのが地球上の絶対的な法則であるが故、老いも死も存在するのだ。

 もっと広く捕らえても同様の作用がある。星も細かく分裂し安定することがわかっているから、そういった意味では宇宙もその法則に則っているわけだ。

 仮に我々の体はひとつの星だとしたら、その星の中で、すべての解決材料を持ち合わせていなくては不自然である。というのも、地球を見ても、気体や液体、固体が絶妙なバランスで存在するのだから、誰も人の手でそれを行ったわけではあるまい。
 つまり、必要なものしか残らないことを繰り返し、無駄なく今があるのだ。

 だとしたら、人間の体も無駄なものは36億年の過程で退化しているはずであり、逆に当てはめると健康が無駄なものとは考えにくいだろう。

 結局人間の持つ体内パフォーマンスを常時発揮できる環境であれば、皆健康を獲得できる力を持っているのだ。
 
 健康になろうと肩身に力を入れると、そうはいかなくなる。それは、5センチの高さの綱渡りならできるのに、500メートルの高さの綱渡りはできないのと同じことだ。

 縄の太さは全く変わっていないのに、命綱があっても成功確立は断然少なくなるだろう。

posted by 青山整体GEN流院 at 20:09| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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