2011年06月29日

初対面でも仲良くなる

 人間は初対面のほんの数秒で相手の事を「かん」で、仲良くなれるか、なれないかを判断するという。

 それなら、最初に「あまり仲良くなれない」というように、相手の脳が判断をしてしまったら、もうそれ以上仲良くなれないのかという疑問が生じてくる

 そう考えると、仕事の営業でも同じことだが「初対面を変に取り繕っても無駄」ということだ。大事なことは、相手の最初に作り上げた精神バリアを、どのように突破するか。

 これは私の仕事でもとても重要なことである。

 簡単な方法としては、相手が話すときに、身体のどこを動かす習性があるかに着目することである。そうして、自分もその動かすところを見習ってみる。

 例えば、「ここにこれがあって、これをあそこに持って行く」というような、「これ」や「それ」の表現方法を見ると簡単だ。手振りが右手を使って行う人は、自分も右手で表現して会話に取り掛かろう。

 そうすると、ガチガチの頭が固いビジネスマンでも、必ず私情の話しや本音が聞き出せる。

 もちろんこれ以降の会話の仕方も重要だが、まず初めにバリアを突破する重要なスキルになるだろう。

 慣れてくると、それ以外のサインを観察できるようになってくるが、何しろ慣れないうちは「観察に注意力を取られて、相手の会話を聞き逃してしまう」という結果に、かえってバリアを強固にしてしまう可能性もあることは頭にいれておく必要がある。

 手振りの次に頭、その次に膝を使う人が多い。そう多くはないが、中には「まばたき」や「頭を掻く」「耳を触る」という人もいる。

 いずれにしても、特徴的な動きを、タイミングが違う時に使うと、わざとらしくなるので注意が必要である。

posted by 青山整体GEN流院 at 21:55| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月28日

何をやってもダメな場合

 私のような年齢の者が言うのもおかしな話かも知れないが「人間が何をやってもダメな場合の突破口は意外なところにある」というのが真理だと思う。

 何をやってもダメということは、裏を返せば「逆ならば何をやっても上手くいく」ということになるだろう。

 とはいっても「逆ができないから困っているのだ」という意見も多いはずだ。

 ではこの突破口をどうやってこじ開けるべきか。

 楽=日常
 
 であるからして、非日常生活というものを得られればいいのだ。

 はて?・・・これもまた難しい。

 
 ということで、早くも答えになってしまうが、普段身の周りで接している人間関係を変えれば手っ取り早いのだ。

 一番簡単なのは、普段あまり親しく話さない人に、思い切って話してみる。そうすると、普段得られなかった感覚が脳の刺激となる。

 もとより、普段親しく話せない相手というものは、自分の無意識で判断しているのだから「無意識=日常=逆の考え方は難しい」となる。

 私も20歳後半から、新しいジャンルの人間関係というものは少なくなってきているが、これこそが過ちを犯しても正当化する真理ではないだろうか? 
posted by 青山整体GEN流院 at 00:07| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月27日

感情の正体2

先日の続きとなるが、感情そのものは内臓→顔の表情というように、一体感をもって連動性をもっているのだ。

 最近韓国で美容整形を受ける人の割合が相当な数と聞くが、顔を人工的に操作してしまうと、内臓との連動性を欠いてしまうことにもなる。

 これは私なりの仮説でもあるが、歯のかみ合わせが酷くて、しかも本来上下の当たるべき歯の位置が低い人には「鬱病」が非常に多い。

 すなわち、美容整形によって、感情が不安定になる、あるいはかみ合わせを人工的に操作してしまうと、鬱病の引き金になってしまっても不思議なことではない。

 現時点で人知を尽くしてもわからないことは山ほどある。しかし、人間は、全ての自然の中で最高等動物であることは間違いない。

 ならばその最高等動物が、設計上のミスを犯す確立も到底低いはずだ。

 であれば、生まれ持った体にメスを入れる事ほどの人知の押しつけはないだろう。

 将来は是非「顔」ではなく「内臓」で好きになる相手を決めて欲しい。
posted by 青山整体GEN流院 at 23:34| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月26日

感情の正体

 生き物の体には生命維持機能として、内臓器官を有している。

 比較的高度な生き物は、顔で感情を表現するが、顔のない生き物は感情を表現するという反応は無かったのだろうか?

 いや、それが存在した。

 顔のない生き物はもれなく、内臓器官で感情表現をしていたのだった。

 それが哺乳類になり進化をして、内臓の筋肉が顔を構成し感情を表現する「表情筋」や「発声筋(声を出す筋肉)」へと変化していったのだ。

 ならば顔=内臓ということになる。

 むしろ、イコールどころか、顔で表現するよりも早く、内臓が反応をしているのだ。

 だから、感情をお腹で表現をする。

 笑った時や泣いたときは特に、お腹が著しく運動をするのがわかるはずだ。

 こらえても吹き出すように笑う光景を思い浮かべて欲しい。あれは、お腹が笑うという感情を抑えきれず、次に顔を笑顔にさせる。

 「笑いすぎてお腹が痛くなる」というのは、じつはお腹が笑うから、顔も笑顔になってしまうのだ。顔が先に痛くなるのならば、その人はおそらく造り笑顔を足している。

 では内臓機能を顔から上げることは可能だろうか? 
 
 上記からして十分連鎖的効果はある。

 感情を顔でわざと表現していればよいのだ。
 
 
posted by 青山整体GEN流院 at 22:22| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月22日

暑い

 今日の都内はさすがにエアコンを出番だった。今の住居のマンションは、機密性が非常に高く、冬は暖房いらずだが夏は廊下の方がまだ涼しい。

 節電意識は忘れていないが、やはり衣類を汗で濡らしてまで我慢するのもかえって非効率的。

 明日は更に暑いようだが、この湿気をなんとかしてほしいものだ。

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posted by 青山整体GEN流院 at 22:06| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

目黒

 久しぶりに山手線の歴史へ戻る。前回は五反田であったから、今日は目黒。

 JRの目黒駅は品川区にあり、毎年恒例行事でもある「さんま祭り」は品川区側と目黒区側で行われる。いつも気仙沼からの無償提供だから、震災の影響で今年は困難であろう。

 今は私は品川区民であるが、東京に住んだ中で目黒が一番長い。丁度品川区と目黒区の堺に住んでいた。だからJRの目黒駅のすぐ近くで愛着のある場所だ。

 さて、大崎、五反田、目黒と線路は昇り調子となる。これを証明するのはとても簡単なこと。JR目黒駅が地上よりも相当掘り込まれたかたちで通っている。すなわち、地上の歩行者からすれば、目黒駅のホームは見下ろす格好にあるのだ。五反田のホームは見上げるが目黒は見下ろす。こうやって昔は目黒の山を切り崩して線路を通したわけだ。切り崩すというのは多少語弊があるかも知れない。

 なぜならば、山手線の品川〜目黒間は「城南五山」を避けるように通っているのだ。
 
 城南五山とは、山手線「品川駅」から「目黒駅」にかけてのトライアングル地帯にあるつまり、品川、大崎、五反田、目黒の山手線内側は全てこの山に属するのだ。

 詳細は「島津山(五反田)」「池田山(五反田)」「御殿山(大崎)」「花房山(目黒)」「八ツ山(品川)」が最寄り駅。これを総称して城南五山である。

 これだけの山であるから、もちろん昔の住人は御役人様である。それを引き継いでか、現在でも高級居住地域なのだ。だから、必然的にマンション名にも○○島津山とか、花房山レジデン○とか、ネームバリューをフル活用するのだ。

 さて、目黒の名前の由来は、結局はっきりしていない。

 ひとつは、「馬」関連の名付け由来、もう一つは1150年前からある「目黒不動尊」から取ったという由来である。
 
 馬に関しては当時の時代背景から、価値観がピンとこないが、目黒不動尊は関東最古の不動霊場であり、それと同じ名前を付けたという方が、私個人にはピンとくる。かの徳川家光も不動尊の整備に肩入れしたと言われている。

 さて、目黒と言えば、海までずっと目黒川が流れている。春には見事な桜が堪能できる川ではあるが、昔は中目黒付近まで船が乗り入れられていたそうだ。

 船の仕事はもちろん品物の流通である。

 また、目黒駅から目黒川へ坂を下ると、目黒雅叙園がある。ここは、日本の有名ホテルの中でも、目黒雅叙園ホテルほど挿話が多いところもあまりないのではないかと思われる。
 
 目黒雅叙園はもともと料亭であり「日本初の総合結婚式場」であった。当時では、華族や政治家や軍人以外にもよく知られる場所であった。

 現在唯一残されている木造建築は、東京都の有形文化財にも指定されており、この日本建築ならではの大工や芸術家たちが情熱をかけた建物は、あの有名なアニメ映画「千と千尋の神隠し」の湯屋のモデルにもなったようだ。

 また、この目黒雅叙園は、戦争の歴史の一舞台ともなったり、宗家や遺族の問題があったりと、昭和の色が濃く残されているようだが、それもまた一つの魅力。簡単に言うと、昼ドラの相続争い等の世界。

 ちなみに、今の目黒雅叙園の建築、設計に携わった方が、偶然私のオフィスへいらしたこともあった。

 一枚目は目黒駅ホームを地上から覗いたところ。二枚目は鉄道マニアにはたまらないところらしい(私にはわからないが)がJR山手線と湘南新宿ライン(埼京線も)がクロスするところらしい。山手線が上、湘南新宿ラインが下からクロスして、お隣の恵比寿駅で停車ホームが、山手線が外側へ移動する。

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posted by 青山整体GEN流院 at 21:48| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月21日

対話

 よく映画やドラマ、漫画であるように、自分の身体と会話をすることはとても重要な健康習慣である。

 この書き出しで「一体なんのことか??」と思われた方のために、詳細を説明すると、例えば漫画の吹出しにあるように、誰かに話かけている(みんなに聞こえている声)とは別に、心の声のことである。これは作者によって書き方は異なるが、吹き出しの色を薄いグレーに変えたり、目線をうつ向き加減にしたりするもののことだ。

 他にはと言えば、ドラマがわかりやすい。好きな人とようやく二人きりになったところで、タイミング悪く空気の読めない人物が間を割って、結局三人の空間となる。「ちょっとは空気を読めよ」「さっさと居なくなって」という感じの心の声。

 これが何の役にたつのかと言えば、自分の中のフラストレーションを解消する役割を持つのだ。

 言い換えると「そうしよう、そうなって欲しいという気持ちの、行き場のなくなったエネルギー(欲求不満)の停滞を解消できる」というわけだ。
 
 さて、このエネルギーが停滞するとどうなるか?

 それは身体の筋肉のコリへと直接的に繋がってしまう。だから、この手のフラストレーションは、事象によっては永久化することだってある。
 
 実際にどのように自分の体と対話するのかと言えば、誰しもが子供の頃にやっていた、とても簡単な方法がある。それは男女とも。

 そう、自分を見立てた人形を、自分の正面に正坐させ、その自分の分身に自分が話かける。

 例えば、あなたが肩が痛いとすれば、正坐した人形の肩を痛がっているということから会話を始めたらよい。

 そうすると、その人形を説得している=自分の深層心理を説得することになる。それが上手くと、当然肩の痛みが急に治癒へ向い始めるのだ。

 これは様々な事例にも使える。職場でイライラした事例というのはわかりやすい。そういった場合の会話の始まりは「どうして○○さんが○○な行動を取ったら、あなた(分身の私へ)はイライラするの?」と聞いてみよう。これは、大人になったらちょっと恥ずかしいワークでもあるが、一人遊びという感覚で行えば、会話がどんどん弾んでゆくのがわかるはずだ。

 イライラすることの原因の大部分は「実は自分がそういう人物であったらどれだけ楽だろうか?」というケースが非常に多い。

 これぞ「人の振り見て我が振り直せ」という言葉である。

 だから、全く同じ価値観の夫婦は結構問題がある。人形が夫や妻になりやすい。潔癖性などは典型例である。

 皆さんもどんどん日常生活にある、フラストレーションに気付き、それを受け入れられるエネルギーに転換する作業を試してみて欲しい。会話の結末には、自分の分身を慰めると同時に、結局自分を慰めることに成功しているはずだ。

 余談だが、女性に多い「悩み事を聞く」という役回りが、どうすればその人のために上手くアドバイスができるのか?という問題も、これをヒントに解消される。

 結局自分の中にしか答えを見出す仕事はできないのだから、相談される役はその人の人形になることができれば、問題は解決(自分の中で勝手に)できるのだ。

 一番悪いケースは「堂々巡り」これも極論から言えば悪くはないが、6時間話して尽くしても、結局最初の話に戻るのは、全く解決出来ていない証拠でもある。

 今日の全文を理解できたなら、例えば麻薬中毒の方が、同じ中毒の人達とグループワークが効果的な理由がわかるはずだ。不良(最近では死語か)が元不良から諭されるというのも同じことである。
posted by 青山整体GEN流院 at 21:41| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月18日

休日の過ごし方

 自宅の近くにR試の森公園があるが、私は早朝などたまに出没をする。

 休日ともなると、子供たちで群がる場所だが、親子で遊んでいる姿を引いた形で観察すると、私には休日の匂いを感じる。

 しかし、東京の公園というものは、北海道とは違って、一人あたりの占有面積が狭いのが驚き。キャッチボールをする人やら、フリスビーをする人、犬と戯れる人等、ぶつかりそうな距離感だ。

 人口減少も必然的か。

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posted by 青山整体GEN流院 at 12:52| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

情報操作?

 中曽根元総理が若干35際の時に、すっかりアメリカナイズされてしまったことを期に、日本の原子力政策は一気に加速することとなったのは今や誰しもが知るところである。

 しかし、何故ここまで国民は原子力について無知であったのか?そして、当時は反対をしなかったのか?

 そう思ってしかたがない。

 よくよく調べてみると、当時の自民党政権は、一党独裁状態にあった。それが意味する事は、自民党の有力者が考え、発言する構想は必ず実行されてきたことになる。

 そうして、マスコミや記者は自民党の有力議員につきまとっていれば情報(スクープ)が入るという、いわばわかりやすい仕事であった。

 そこに全く反対意見など通用するわけもない。

 国民はと言えば、マスコミの報道する「安全な核の利用」を信じ込み、全く反対派の援護にはまわらなかった。

 当時の討論番組でも、原子力推進派と反対派の討論は扱わなかったという。数回程度はあったようだが、いづれも視聴率は最低レベル。ともなれば、番組構成側からすれば、御蔵入りのお題となってしまうわけだ。これが当時の国民の感心指数の証明だ。大多数は核について全く興味はなかったということになる。

 テレビは視聴率が全て。なぜならば、出資者であるスポンサーに離れられるからだ。

 更に言えば、スポンサーの言いなりの番組構成だってある。震災以降は見られなくなったが、電力会社の出資したテレビ番組というのは多数ある。 

 例えばの話、東電がスポンサーとなった番組で、「原子力の是非」の論争などありえない。見た目健全性を保ったにせよ、反対派の論調が優位には成り得ない。

 そう考えると、テレビで見聞きして鵜呑みに情報をまき散らす我々国民にも責任はある。

 であるから、世の中の論調が一方的になった時こそ一番危険なように思えて仕方がない。

 確かに原子力は、いくら安全性を向上させたとしても、使用済み各燃料の最終処理技術が不十分な今日では、まだ時期尚早であると思われる。

 しかし問題は、原子力の研究はNO!自然エネルギーの研究はOK!という偏った論調にあると思うのだ。このままだと、現在世界中にある核廃棄処理技術がストップしてしまう。

 ソフトバンクの孫さんが、東電を買収するのではないかとの噂もあるが、そだとしたら、今までの彼の動きは・・・なるほどなぁ・・・・。 
  
posted by 青山整体GEN流院 at 10:23| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月13日

政治の行き詰まり

 巷では、菅総理がいつ辞めるのか?という話が多いが、全く辞める素振りは無いようだ。

 それはそれで結構。

 つまりは、菅総理よりも明らかに適任という人が見つからない。それどころか、お粗末なのは野党。全く大義が無いではないか。

 「菅総理以外なら誰でもよい」これが、野党の本音ならば、これは大問題である。

 原発の責任は、現野党の特に自民党にあるのは隠しようのない事実なのだが、それに加え、一国の総理を引きづり降ろし、国際的日本の汚点を露呈させたばかりでなく、次の総理は誰でもよい。

 これではお粗末すぎると思う。

 かえってこの時点で辞めない菅総理は最良の選択をしているのかもしれない。変わった方がかえって混沌とする可能性すらあるからだ。

 自民党は民主党の内部分裂を促進しようと躍起だが、自民党とて派閥政治に変わりはない。特に、森元総理らが原子炉を「地下につくる」という提案をされているという噂があるが、結局政権を取ったとしても、昔と何ら変わりはないのである。

 与論が最近、与党ばかりを叩くので、バランスの悪い論調を補正するためにも、野党を批判的に書いてみた。

 いづれにしても、是非今後の総理には年寄りでも40代に任せて欲しい。50代に経験をさせても、経験値を棺桶にもっていかれるだけだ。
 

 今日から軽井沢へ出張。日記の更新はおそらく出来ないと思う。
 
posted by 青山整体GEN流院 at 01:38| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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