2013年05月29日

体はウォーターベッド

氷は固くて水は柔らかい?

プリンは柔らかくて、せんべいは硬い。


よくわからない始まり方ではあるが、人間の体の各部分も同じように固定観念によって、本来は柔らかいところなのにもかかわらず「硬い」とされている部位がある。


その器官とは「骨」である。



骨そのものは確かに硬い。しかし、生きている人間の骨は、とても柔軟性のある摩訶不思議なものだ。


実際には、骨は膨らんだり縮んだり、身体の他の部分の律動的な動きと同調をしている。


それが同調しきれていない場合、その骨にある関節にズレなどの問題があるか、もしくは骨そのものに外傷の経歴を持つことが多い。


つまり、人間は構造体として、とても精巧な作りをしていて、その精巧な歯車は、日常の生活やストレスによって、動きが遅くなったり早くなったりしてしまう。


特に、骨は面白い。

ひとたび柔軟であることが感じられれば「どうして今までこんなに大きな動きを見逃していたのか」と、自分の固定観念(動いているハズがないし柔らかいハズもない)が、どれほど自分の人生の邪魔をして来たのかがよくわかる。


人間は本来、見えないところには注意を払わない動物である。


だからこそ、その習性を本当に理解しているとしたなら、見えないところに着目点を定めるべきだ。



そう思って人生を生きてみると、何だか面白い毎日に生まれ変わった気がするだろう。



まるで顕微鏡の世界を覗いているかのように。











渋谷区神宮前4丁目3-15東京セントラル表参道211
渋谷区AOYAMA整体GEN流院
TEL03-6804-3632




posted by 青山整体GEN流院 at 16:51| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月22日

足の長さの違い

よく頂く質問で「足の長さが左右対称ではないから治して欲しい」というのがある。


日本語というのは難しくて、その殆どが足の長さにそれほど左右差はない。

では、目の錯覚か?


いや、確かに「そう見える」かもしれない。


その理由は、足の骨が骨折や手術、奇形などによる物理的な左右差でない限りは、片方の骨だけが、そうそう長くなったり短くなったりする事はない。


殆どの場合は、骨盤の位置異常による「関節部分」の問題だ。

だから、骨盤が傾いたり、捻れたりした結果「非対称に見える」のである。


普通の整体やカイロでは、この辺までの分析力で施術にあたるが、今回は特別更に深く話しを進める。


そもそもある程度の技術と診断力を持てば分かることだが、骨盤は結果的に傾いたり捻れたりする事が殆どであって、主たる原因にはなりにくい。だから、主たる原因になるまでは無意味な施術場所となる。

まるで、体の圧力調節をするベントのような役割に似ていて、全身のどこに位置異常が生じても、骨盤は厳密には傾いたり捻れたりする。


そして更に極一部の術者は、話しを掘り下げる事ができる。


最終的には、左右の足の長さはミリの世界では、ピッタリ合わない。

そして、何も施術をしていない状態で、骨盤が傾いたり捻れたりしている方は、体が比較的元気な状態にあるという事だ。


つまり、脳に十分な栄養分や酸素が送られている状態でないと、骨盤は傾いたり捻れたりもハッキリ出来ない。


初心者の術者は、骨盤と足の長さに一喜一憂し、中級の術者は、骨盤や足の長さをさほど気にはしない。

そして、上級の術者は、骨盤と足の長さによって、どの辺りに異常が出ているか、または頭蓋骨の状態まで把握ができる。


やはりというべきか、見えない部分が手に取るように分かるのが上級者になる適性なのかも知れない。

世間で「骨盤調節」「骨盤矯正」と沢山目にするが、果たしてどのレベルの事を言っているのかが分からない所でもある。



















posted by 青山整体GEN流院 at 23:06| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月19日

出張です

明日から軽井沢方面に出張へ出掛けます。

青山の方は23日(木)の午前中までお休みです。


ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。







posted by 青山整体GEN流院 at 12:23| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月14日

生活習慣

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「生活習慣病」という言葉を見聞きして、今まで何も感じなかったし、考えもしなかった。


しかし最近「そういうことか」と思うようになってきた。


それは、だんだん年を増すごとに、自分の食べる物や、好み、行動習性というものが一定になってくるということから感じ始めるようになったのだ。


確かに、生活習慣から出来上がる「何か」というものはあるかも知れない。


しかし、私が一番気になったのは、習慣が一定になることによって、「思考習性」というものも一定になってくるのだというところだ。


これはすなわち「頭が固くなっている」という証拠でもある。



だから、人間は何時でも遊び心をもって、新しいものにチャレンジするというが、若々しく生きるコツではないのだろうかと、ふと考えていたところである。










posted by 青山整体GEN流院 at 17:32| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月13日

思っていても実行できない人

人間の頭は、勝手にあれこれ想像する習性がある。


しかし、動物の場合は創造するということはなく、何らの条件反射的要素がなければ想像力は働かせられない。


餌袋に似た音が聞こえたら「もしかして食べられるかも」という具合だ。



ところが、人間は高等生物であるが云えに、「自分の創造が何によってもたらされているか」ということに気がつかないことがよくある。


仕事が上手くいっていなければ、勝手に将来の絶望性まで創造してしまうし、今上手くいっている事までついでに「上手くいかなくなる想像」をしてしまう。



私が思うに、人間というのは、とても繊細に出来ていて、精神ストレスから過度に逃げる習性があるように思える。


「精神ストレス」というものは、そもそも望むことの全く正反対の事象によって発生するのだが、「そうならないように過度に逃げておく」という想像こそが、必要以上にストーリを描く主たる原因と言えよう。



これは過去の「必要以上に逃げなかったことによる失敗の学習」の積み重ねであって、放っておけばやがては追い詰められて、逃げ道がなくなり、限界点をむかえる。



悪い想像に偏りやすい方は、先ず「現実という基準を失わないこと」からだ。



今現在抱えている問題というものと、これから問題になりかねないというものを分けて考える。



そして「今」その抱えている問題が何かの偶然によってキレイさっぱり解決したとしたら、今までの人生とどこが変わるだろうか?


ここが重要なところだ。



つまり、精神ストレスから逃げ続けて追い詰められるか、解決するかの出発地点は、この問題に対して、あなたがどのように処理してきたかによって、今の人生が形成されてしまうのだ。


これを一言に「プラス思考」という言葉でまとめられる。




ここまで話を引っ張っておいてなんだが、決して楽観しすぎるのもよくはない。ただし「楽観も悲観も最低等しく考えるべき」と言っているのだ。


通常は10のうちは悲観に陥る習性がある。


だから、もう3は楽観すべきだと言っているのだ。


成功するもしないも、きっと自分の中の「考え方」に掛かっているのだと私は思う。





posted by 青山整体GEN流院 at 13:26| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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