2015年01月29日

手法論と中身

いろいろな整体方法や、治療方法があって然るべきだと思うが、概ね選択する方側の皆さんにとっては、それが効くか効かないかで判断したいものだろう。

よって、何をするかという手法論に着目するものだ。

とある方法は、○○を正せば全部が整うという主張をし、またとある方法では、筋肉から骨から全身を正せば整う主張をする。

しかし、物事の根本をみれば、全ては手法論が問題なのではなくて、肝心なのは中身であることに気がつく。

だいたいどんな方法であっても、提供する側がどこまで深く追求して感じられるのかに全てがかかっている。

見た目が整ったのか、動きが整ったのか、全身と調和をしたのか、神経機能が整ったのか、更にそれよりも深い動きが整ったのか。

見える領域しか正せない人でも、おおよそインターネットで写真か何かを載せればいいことになる。

だが、肝心なのはその更に奥の部分。

例えていえば、ひとつの物を1メーター定規で測る人、30センチ定規で測る人、5センチ定規で測る人、1ミリ定規で測る人との違いみたいなものだ。

それぞれで見ている領域も違うだろう。

極論でいえば、1ミリ定規でコンマまで正確に図れる人は、1メーター定規でも確実に測れる。その逆はといえば「中には測れる人もいるかもしれない」程度だろう。

また、それぞれの目線で器用に測れる人もいる。

結局のところ、手法とはそれ程重要ではなく、やる側がどこまで見えているかどうかに尽きる。





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2015年01月23日

痛いか痛くないか?

一般的に人は「痛くない=良いこと」とし、その逆の「痛いこと=悪いこと」とする傾向にある。

人間社会の習性には、多勢が正しく少数が正しくないというものがある。小魚の大群が泳ぐ原理だ。

痛いことが良いか悪いかは別として、まずその物事を判断するには、常識的な概念をなしにしてから判断する必要がある。

まず、痛いことについて考えてみる。

「痛い」ということは、痛みのある部位に「何か」があって、神経が反応し、それを脊髄に集める。その後、脊髄から上に伝達は上がり、脳に届けられる。

さて、これは悪いことか良いことか?


大体はこれでは判断にならないはずだ。しかし、ここで分かっていただきたいことは、痛みのある部分が痛みを感じているではなく、結局は脳で感じているということだ。


では、「痛くない」ということについて考えてみる。

前記したことと等しく考えれば、神経が反応するようなものがなく、よって脊髄にまで情報も集められない。勿論脊髄から上へ情報を上げられることもなく、脳に届けられることはない。

その通りだ。


が、ここにひとつ違う概念を持ち出してみるとする。

頭皮へブラシでタッピングするのは・・・といっただけで、殆どの人が「抜け毛の対策」を連想するだろう。

あの痛みは良いことか悪いことか?

おそらく「その刺激が頭皮の毛根を活性化させて良い」と答える人が多いのではないか?逆に痛くないほうが良くないと思うはず。


ならばもう一度最初に戻って聞くとしよう。


「痛みは良いことか悪いことか?」と・・


そう、痛みは回復をする活性剤になっているわけだ。

だから、痛みが悪いというのは、時間軸を抜いた表現であって、本来はある程度のスパンで捕らえれば、痛いほうが早く回復するということになる。

それは良いことか悪いことか?



結論からして、人間はいつも気分屋であって、痛みと敵対する習性がある。

必要な刺激を感じなくさせ、麻痺させることを正義と感じる。

いかがなものか。。。。








posted by 青山整体GEN流院 at 01:00| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月19日

久しぶりの更新

使用したブログ会社が無くなって、めっきりアメブロだけの更新になっていました。

本日、更新されていないというご指摘を受けて、確かに随分としていないことを思い出しました。

再び再開宣言!?

普段の施術で気になったことを書いて行きたいと思います。



ちなみに、リンクにもありますが、ブログは他にもあって、殆ど毎日更新中です。

・六本木整体/青山GEN流院

・代々木整体/GEN流院ブログ






posted by 青山整体GEN流院 at 20:42| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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