2013年10月09日

簡単なことが簡単に思えない

地球上で生きているものは全て、自己の体を癒す能力を兼ね備えている。


動物と対比すればよくわかることだが、人間はその存在を信用しない。

だから、治るメカニズムを科学的な力に委ねようとする。


一方、動物は、科学を必要としないし、だからこそこれまで自然の進化を歩んできた。


そこには医者もいなかった。



しかし人間は違う。


治るという工程が体内の中で、ごく自然に行われることを信じないから、痛みを悪と捉えて、どんな手段を使ってでも、体から排除したい。


いざ治ってみれば、痛かったことすら忘れてしまう。



人間の体は常に最良の状態に保つ能力がある。

例え、痛みがあっても、いや、痛みがあるからこそ、それに対する応答があり、そして自然の治癒を促す。



敵ではないわけだ。



赤ちゃんでもできる修復を、何故大人になったら信用もせずに考えてしまうのか。


自然の工程は自然の体のなかから生まれる。



だからこそ、自然な体にすることが、最良の結果を生むわけだ。



我々はこの自然の体の定義を「流れを塞き止めているところがない体」とする。


ある意味、容姿の曲がりや捻れはあまり問題ではない。


確かに、それらの部位は「流れ」をストップさせる好発部位でもある。


しかし、私の経験では、表面的な容姿の曲がりは、深部の流れを増強させると自然となくなり整う。



ならば、それとは逆に、容姿を整えれば深部の流れは整うのか?


そうはならない。



では、一般的に言われる「骨格」「筋肉」の歪みとはなんなのか?



これこそ、中枢の機能によって、より治癒が働きやすいように命じられて歪んだり緊張しているのだ。


つまり、中枢判断の結果、必要に曲がりや捻れ、緊張を作り出している。



そう考えるとお分かりになると思うが、何かしらの方法でソコを整えてしまうのには、不自然で問題があるとは思わないだろうか?


そう、問題がある。




先に紹介したように、新たな流れのブロックを引き起こす可能性が高いのだ。しかも、中枢の流れを遮ってしまう。




こういった、悪い連鎖を断ち切るためにはどうすればよいのか?




歪みに従って、ほんの少し歪曲を強めればいい。


そして、心静かに待てば、自然の治癒はスタートする。





ある人は、3日掛かるかも知れないし、ある人は1ヶ月掛かるかもしれない。




それは、汚れた川が綺麗になるのと同じだけ時間が掛かるし、もしかしたら数回以上綺麗になる切っ掛け(施術)が必要かもしれない。


だが、綺麗になればまた、そこにまた元の生物が生息し始める。



しかし、数年も流れがせき止められた川へ、急に本流からの流れが開通されても、そこはすぐには綺麗にはならない。


だが、それが綺麗になったならば、周囲の田畑や、昆虫、動植物がまた豊かに育ち始める。


それが自然というものだ。


残念ながら、最近流行っている治療というものは、虫や動植物が居なくなったら、居るところからもってくるというやり方をする。居なくなったらまた持ってくればいい。そういう治療だ。




その見せかけが、果たして健康といえるかどうかは、個々人の意見や考え方となるだろう。











posted by 青山整体GEN流院 at 18:49| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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